斎藤工が行った意外なアルバイトとは?

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「テレビで言っていない裏話」を話してほしいと言われた斎藤さんは「いろんなバイトをしてたんです」と、自身のアルバイト経験について語りだしました。斎藤さんは、警備のアルバイトをしていたといい、ハロー!プロジェクトのライブでも警備していたのだそう。




斎藤は「あやや(松浦亜弥)さんとかがライブしてるときに、僕はヒモ持って最前列に……」と話し、ステージ前にいるファンが乗り出さないように警備をしていたという。

「(目線は)一番前の方の股間ですよね」とぶっちゃけて、笑いを誘う斎藤は、「(ファンの)唾ガンガンかかるんですけど、『美しい』と思いましたね。そのために日々働いて、本当に幸せな瞬間を楽しむっていう」と当時の動きを再現しながら思い出を振り返っています。

 若いが下積みは長い

15歳のときには、自ら芸能事務所を探す活動をし、その結果「インディゴ」に所属。モデルから俳優への道を目指ようになります。

高校生の頃から雑誌『MEN’S NON-NO』や『POPEYE』などで「TAKUMI」の名前でモデルとして活動。雑誌のほかにもショーなどで活躍。

高校時代、ノンフィクション作家、沢木耕太郎の『深夜特急』に影響され、海外に1人で出かけるようになったそうです。

春休みにはパリへ行き、また香港を旅行。そういった旅費を稼ぐためにモデル事務所の門を叩いたとのこと。

後に斎藤さんは少年期を「僕の中学時代はサッカー部で毎日部活だったし、高校は男子校。甘酸っぱい思い出といえば、女の子と一緒に帰るのが最大のイベントでした(笑)。

多感な時ということもあり、ひとつひとつの記憶を鮮明に覚えています。“下駄箱の前で憧れの先輩と話したな”とか、そんな些細なことに敏感になる時期は貴重だなって思います」と振り返っています。

高校卒業後、本格的に映画学校に進学を目指し、願書を送ったが、父親に「映画は机の上で学ぶものじゃない、お前は一刻も早く現場に出ろ」と言われ、それが契機なのか出演作が多い所以という。

19歳の時には、伊藤正次演劇研究所にて演劇を学んでいます。同所には、女優の貫地谷しほりも通っていました。

CF、国内のショー、パリ・コレクション等で活躍。

2001年、韓国映画『リメンバー・ミー』の日本リメイク版『時の香り〜リメンバー·ミー』のプロデューサーにスカウトされ俳優デビューを果たします。

しかし、なかなかブレイクしません。

2008年12月、大竹浩一・波岡一喜・福士誠治と共に演劇ユニット「乱-Run-」を結成。

2012年、ショートムービー「サクライロ」で監督デビュー。2014年、「半分ノ世界」がショートショートフィルムフェスティバル&アジア2014 ミュージックShort部門 特別上映作品に選ばれる。2017年、「blank13」が第20回上海国際映画祭でアジア新人賞部門最優秀監督賞を受賞した。

2014年に映画館のない地域に映画を届ける移動映画館プロジェクト『cinema bird』を始めました。映画に詳しいマルチな才能ですね。

 まとめ

長い下積みとバイト経験のある斎藤巧 さん。そう思ってみるとバイト捜しはのCMも説得力がありますね。



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