小磯良平と吉原治良展 兵庫県立美術館で開催 展覧会グッズは?

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小磯良平と吉原治良。
日本における、かたや具象絵画の巨匠、かたや抽象絵画のパイオニア。

かたや東京美術学校を首席で卒業。かたやほぼ独学で絵画技法を学ぶ。
ずいぶん対照的なふたりですが、生まれ年も近く
活動していた期間もほぼ同じ、主な活動拠点も神戸阪神間と共通しています。

画風やキャリアは対照的ですが、同じ時代同じ地域で活躍した点では共通しています。
今回初めて二人同時に扱って、「同時代性」と「地域性」から見える共通点と対照性
を明らかにします。

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展覧会概要です

会期は 2018年3月24日[土]から5月27日[日]まで

休館日は月曜日
(4月30日[月]は開館、翌5月1日[火]休館です)

開館時間は 午前10時-午後6時
(金・土曜日は午後8時まで)
入場は閉館30分前までです

見どころ

 二人の人となり

1903年生まれの小磯良平は東京美術学校に入学し、洋画家の藤島武二に師事し、1926(大正15)年の第7回帝展に《T嬢の像》で特選を受け、翌年同校を首席で卒業後、ヨーロッパに留学という華麗な経歴です。
一方の吉原治良1905年に生まれは1924(大正13)に関西学院高等商業学部に入学、勉学のかたわら艸園会というグループに属し絵画制作に励みます。

1928(昭和3)年には洋画家上山二郎から東郷青児を紹介され、同年大阪朝日会館で初個展を開催するなど充実した日々を送りました。
ここでは絵画を描き始めたふたりの初期の作品を紹介します。

戦前期


小磯良平《踊りの前》 1934年
京都市美術館蔵
 ヨーロッパから帰国した小磯は、類いまれなデッサン力を駆使した珠玉の人物画を数多く描きました。しかしその高い技量の為に、小磯はつごう4回にわたって従軍画家として戦地に赴き戦争画を手がけることになりました。

一方の吉原は、シュルレアリスム的傾向から抽象絵画へと至る斬新な作品を数多く創作し、九室会という先鋭的な二科会グループで活躍しますが、軍国主義の日本で抽象美術は否定され、やむなく具象絵画制作へと向かいます。
ここでは画業のピークを迎えたふたりがそれぞれ当時の日本でどのように対応したかを検証されます。

戦後ー19050年代前半

敗戦後の日本で、小磯や吉原はもともに、少年少女雑誌の表紙絵や挿絵、図画工作の教科書の監修、舞台美術の制作などに取り組みました。

それと並行して小磯は、群像表現に活路を見出し、傑作を次々と発表します。

一方の吉原は戦争で失った人間性を取り戻すかのように、抽象化されたモチーフで作品を制作します。
ふたりの対照的な作品を展示し、あわせて彼らが手がけた当時の雑誌や資料類を紹介します。

1950-60年代

1950(昭和25)年から母校の東京藝術大学の講師となった小磯は、新しい潮流を自作に取り入れるべく、幾何学的な線描や原色を多く用いた絵画を制作しました。

一方の吉原は、1954(昭和29)年に具体美術協会という前衛美術グループを立ち上げます。新しい抽象表現に挑戦します。

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