兼高かおる 元祖ハーフタレントで世界の旅リポーター 超美人でした

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土曜日に放送されたTBSのスペシャル番組「世界ふしぎ大冒険」で兼高 かおるさんが紹介されました。代表作の「兼高かおる世界の旅」は毎週日曜日の朝に放送されており、私も子供の時に楽しみにして毎週見ていた記憶があります。

世界早回り世界記録を樹立し、一般女性として初めて南極点に到達したり、その行程は地球180周と言われています。

日本人が外国旅行が難しかった時代に、その美貌と美しい日本語と共に海外のまぶしい情報を届けてくれた兼高さんは元祖海外レポーターで、その後の「世界ふしぎ大発見」などの番組の基礎を作ったと言えます。

そんな兼高かおるさんと、その代表作を美貌の写真と共に見てゆきたいと思います。

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プロフィール

兼高かおる(かねたか かおる、本名:兼高ローズ、1928年2月29日 -90歳 )は、

日本のジャーナリスト(ツーリストライター)。

日本旅行作家協会会長。

兵庫県神戸市生まれで、香蘭女学校卒業後(黒柳徹子の先輩)、ロサンゼルス市立大学に留学。

その後ジャーナリストとしてジャパンタイムスなどで活躍します。海外取材が多く、150カ国以上に渡航したことで知られます。

世界一周早回りを達成30歳の時に

大学卒業後日本を訪れる外国人へのインタビューや、

通訳の仕事などをこなしている時に”世界一周早回り競争”を知ります。

1958年、スカンジナビア航空が主催した”世界一周早回り競争”に挑戦し、

73時間9分35秒の世界記録を樹立。

プロペラ機による世界一周のこの記録は現在も破られていないとか。

そして記録樹立の翌年、1959年からTBS系『兼高かおる世界の旅』が始まりました。

代表作「兼高かおる世界の旅」

1959年12月13日から1990年9月30日にかけて30年10か月の間、TBS系列局で主に毎週日曜日朝に放送された紀行番組です。

放送開始当初のタイトルは『兼高かおる世界飛び歩き』( – とびあるき)でしたが、

英語題名 (kaoru-kanetaka Hopping around the world)でしたが、『兼高かおる世界の旅』に改題した。放送回数は『世界飛び歩き』を含めて、1586回。全行程は721万kmであり、地球を180周した計算になります。

単に映像を放映するだけではなく、ナレーションとして、兼高が当時の有名ナレーター芥川隆行に旅行の状況を語るという番組進行も兼ねていました。

番組の受賞・推薦歴

長い期間の間に高い評価を得ていた番組ですので多数の受賞歴があります。

  • 1962年 – 日本放送作家協会企画賞
  • 1963年 – 広告電通教養報道番組部門
  • 1963年 – 米国観光省観光局長賞
  • 1966年 – 中央児童福祉審議会特別推薦
  • 1969年 – 在日外国政府観光協会功労賞
  • 1969年 – オーストラリア政府観光局 TVフイルム部門功労賞

元祖ハーフタレント

インド人の父親と日本人の母親の間に生まれた兼高さんはハーフ特有の美貌の持ち主でした。

エキゾチックな美貌と、非常に美しい日本語で、単に海外を日本医紹介するだけでなく当時の日本女性の代表として日本の海外PRにも一役買っていました。

これはJFケネディ大統領との2ショットです。

 1971年:南極点到達一般女性初

また番組の企画として1971年に一般女性として世界初めて南極点に到達しています。

。1969年にアメリカ大使館に申請して許可を得たが、名前の「かおる」を男性の名前だと勘違いされており(当時女性に南極渡航の許可は出ていなかった)、
直前にキャンセルとなり、1971年にようやく許可が下り、南極点に到達したそうです。

そのとき同行していた南米の女性と「どちらが一番とかなしにしよう」と話し合って、「1、2の3」で同時に南極点に立てられていたポールにタッチしたそうである。
ちなみに北極点は、1989年4月に到達しています。

まとめ

1960年から1990年の間に活躍された兼高かおるさんの努力と活躍が無ければ

現在の旅番組やまたイッテQなどのバラエティ番組もなかったかもしれません。

女性として道を切り開き90歳の現在もお元気な兼高かおるさんの生き方に学ぶ点が多いですね。

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